池野恋先生のトークショーがあるということで、行ってきた。正確には、『’80s少女漫画ふろくコレクション』 を刊行した、ゆかしなもん氏のトークイベントにゲストとして池野恋先生とブックデザイナーの名久井直子氏が招待されたというもの。
イベントが行われた青山ブックセンターには、開場の13時30分前からすでに長蛇の列。私は13時20分頃に到着し、早く着き過ぎたから本でも見ておくか~と呑気に構えていたが、列の長さを見て自分の甘さを思い知り、急いで列に加わる。私の前の女性が受付の際、さりげなく「これを先生に」と分厚い手紙を渡すのを目撃。きょうはイベント後のサイン会はないということで、完全に油断していた自分とは違い、 ぬかりない準備だと後方から感心する。会場に入ると、すでに2割ほどが埋まっている。「それ、どこで売ってるんですかね?」と聞きたくなるような、先生の代表作『ときめきトゥナイト』のイラストが背中一面にプリントされた服を着た猛者たちがちらほら見られ、気合を感じる。右端の前の方がまだ空いていたので陣取り、14時00分の開演までしばし読書をして待つ。
先生登場
14時00分が近づき、気がつけば会場は満席。ほぼ女性で埋め尽くされ、特に最前列から2~3列はリアタイ世代の30~40代と思われる方たちでばっちり固められている。静かな熱気に包まれるなか、ついに先生登場!おお!上品な初老の女性ではないか。髪はボブ、全身を黒でコーディネイトされている。ラッキーなことに、先生は私のいる側に座ってくださったので、割と目の前にいる形に。『ときめきトゥナイト』のコミカルな作風と、先生の落ち着いた佇まいのギャップ修正が難しい。そうこうしている間にトークイベント開始。ゆかしなもん氏の司会進行の下、先生が描いたイラストのりぼんふろくをスライドショーで紹介し、当時の制作状況を先生が明かしていく。
とにかく忙しかったのでおぼえてない
当時の状況や、どういう意図でこういうイラストになったのかなと、ファンを代表してゆかしなもん氏が先生に質問するのだが、先生は誠心誠意答えようとするものの、本当に申し訳なさそうに「とにかく忙しかったので…あまりおぼえてません」との回答が多数。これは正直なところだと思う。毎月の連載に加えて数カットのイラスト案を描いて送り、そこから採用されたものを仕上げていくのだから。しかし、スライドショーで紹介されるふろくのイラスト、どれをとっても思わずため息が出るほどかわいく、きれい・繊細・丁寧で、やっつけ仕事感はまったくなし。なのに「本当はもっとこうしたかった」と後悔を滲ませておられるので、本当に絵を描くのが好きなんだなあと感動する。
家に養豚場があったので・・・
ひとつ気になったのが、豚のイラストが描かれたふろくについて、「先生、『豚を飼っているので豚を描くのは得意』とりぼんに書いてありましたが、本当ですか?」という質問に、言葉少なに「豚を飼っていたというか、家に養豚場があったので…」と答えておられたこと。それ以上は突っ込まれなかったものの、養豚場ってどういうことだ…?とモヤモヤしていたら、イベントの帰りに買った週刊文春の『新・家の履歴書』で先生の家が紹介されており、そこに答えが書かれていた。先生は岩手のご実家から一度も出ずに画業を続けてこられ、そのご実家で一時期養豚もやっていたというのだ。えっ、ということはイベントのためにわざわざ上京されたってこと?とさらに驚くことに。
とにかく腰が低い先生
東北の田舎で夢の世界を妄想しまくっていた才能ある少女が、一度も上京することなく、その妄想を純粋培養し続けた結果があの作品世界だったのか…との感慨を覚えずにはいられなかった。先生の作品を少女期に日常的に摂取していた世代にとってはビッグネーム中のビッグネームなのに、実物の先生は信じられないほど登壇慣れしていない、謙虚で素朴で実直な方で、先生の緊張がこちらにまで伝わるほどであった。そうだよな…人前でしゃべったりするのが苦手だから漫画が描けるんだ、あまりに流暢に自分の作品を語ることができるより、かえって作品に説得力が出るなあなどと先生を凝視しながら勝手に感動していた。
特濃のファンのみなさん
1時間半ほどのイベントはあっという間に終わり、丁寧にお礼を言って満場の拍手のなか会場を去る先生。さーて私も帰るか~と思っていると、なにやら前列の方に人だかりができている。先生のファンたちがこの日のために持ってきた自慢のグッズを広げて見せ合っているのだ。私も輪に交じって見せてもらう。オタク特有の早口でうまく聞き取れなかったが、公式のグッズではなく、自分で業者に頼んで作ったのだという。『ときめきトゥナイト』の一場面、蘭世と俊がドアップになったコットンバッグなどを写真に撮らせてもらう。他でもちょっとしたオフ会のような輪が広がっており、まだまだ熱気冷めやらない会場を後にした。
私もイベントの余韻を味わいたいと、「ときめきまんが道」上下巻と週刊文春を買って帰る。どんな素晴らしい作品も、一見したところは普通の人が、普通ではない才能と情熱を注ぎこんで完成しているのだと思い知る。っていうか、東京ってやっぱりずるいよな…わざわざ先生の方から来てくれるんだから…。